過去公演

過去公演【ケージ】(初演)
2010年3月12日(金)〜14日(日) @学芸大学・千本桜ホール
作・演出:酒井一途
出演:山縣幸典 / 内田裕大 / 水野由佳子 / 有吉宣人 / 武井寛貴 / 上田郁子

 ――自分を認めれば、世界を違う目で見られるようになるんだよ。
   それって、世界に革命を起こすんじゃない?


■序文
 昨年の夏公演で好評を博した処女戯曲『ブランク』に続き、
 慶應義塾高校三年の酒井一途が書き下ろした二作目の作品です。
 今回の作品『ケージ』は高校生の内にどうしても書いておきたかったことが沢山詰まっております。
 ネットでは「ゆとり世代」ならぬ「さとり世代」と呼ばれる現代の若者。
 結果のわかってることには手を出さず、何事に関しても諦めが早いと言われています。
 対して、40年前の所謂全共闘世代の若者はどうでしょう。
 日本の戦後の理想を担い、そこから必ず新しいものが生まれると信じて、
 反体制を掲げ社会変革のために行動したものの、行きついた先は暴力でした。
 現代の若者と、40年前の若者との邂逅。そこから始まる物語。
 どちらがあるべき姿と言うわけでは、決してありません。
 しかし二つの時代の若者が出会うことで、きっと何かが生まれるはず。
 答えは、観客の皆さまが作品の中からお見つけください。

酒井一途  


■劇中オープニング映像


■作・演出のコトバ
本屋にフリーで置かれていた雑誌『本の窓』を読む。特集は『大学と大学生の温度差』
掲載されている記事の中でも、リクルート人事部の方の話が格別に面白い。ここ数年の学生は「就職を自分のこととして捉える力が、少し弱くなっているのではないか」「人生に対する考え方、仕事に対する考え方、人とのつきあい方(中略)まさにこの部分が、希薄になってきている」「好奇心が足りないといいますか、当事者意識があまり感じられないのです」

語弊がありそうな書き方になるが、同世代として、現代の学生の身近にいる私も同じことを思う。現代には身の周りに二次元世界が氾濫しすぎているせいで、リアルとバーチャルが渾然としている。それが故に、誰しもが「心此処に在らず」といった体だ。自らに降りかかるあらゆる物事を、(それが例え人生における重大な問題だとしても)、真摯に真正面から考えることをしない。必ずや迫り来る現実を受け止める気概がない。しかも当の本人に悪気がないからこそ、さらに厄介である。
それでは四十年前の学生運動時代の若者なら良かったのかと言うと、そういうわけでもない。当時は個人を完全に排し、社会全体を一義に考えようとする共産主義的イデオロギーが必ず意識の根底にあった。彼らは思想主義に縛られた人間であり、集団への帰属を求めるあまり個人を見失ってしまっている。その意味では、過去も現代も同じくして若者は「自分自身」について思考することをしていないことがわかる。いつの時代でも常に若者は「時代の空気」という”檻”もしくは”籠”に囚われている存在である。

大切なのは、若いうちにもっと自分自身を考え、自らの望むところを知ること。それは豊かな人生を歩む上で必要不可欠なものだ。しかしながら、他人から強制されてやることでもない。そういうわけで、モラトリアム期は若者が何ものかに気付くために存在している時期である。 時代の空気から解き放たれ、自分のチカラで帆を張り、吹き抜ける風を操って生きていくために。
ところが現代の若者はその肝心のモラトリアム期を、社会に出ても抜けられないと聞く。だとすると何のための大学生活なのか。何のための子供と大人の狭間に存在する「青年期」なのか。大学の存在意義、大学が学生に及ぼす影響を考えると、それは学生運動の頃と何ら変わっていないような気がしてならない。我々の生きるこの経済大国が進歩を遂げているようには、到底思えない。 こんな日本の現状を見ていると、いてもたってもいられない。何か行動を起こしたくなる。

私はほんの僅かでもいいから、日本を進歩させたいと本気で考えている。それが演劇による社会への問題提起によって為せるのならば演劇をするし、企業の歯車となり創造価値のあるものを作ることによって為せるのならば就職をする。ツールは何でもいい。より確実な方を、大学で選ぶ。そのための大学生活と割り切るつもりだ。 傲慢だと言うなら言えばいい。そんなことはとっくに自覚している。そもそも私は生来、ドンキホーテ型思考回路をしているのだ。失敗すればただの滑稽な笑い話。身の程知らぬ小人が、デカいことを豪語していたと。しかしそれでも前を向いて行動するのが「あるべき姿」なんじゃないか。それでも何かを賭けて、いつまでも戦い続けるのが人間なんじゃないか。

比べるのもおこがましいが、かの維新の先駆け坂本竜馬は「死ぬときは、たとえドブの中であっても前のめりで死にたい」と言ったという。別に坂本竜馬が好きなわけではないが、私もそうありたいと、自身に誓う。最後にミュージカル『ラ・マンチャの男』から好きな一節を引用して終える。 ”理想”と”現実”について、初めて真剣に考えるキッカケとなった一節である。

「人生自体が狂気じみているとしたら、
 一体本当の狂気とは何だ本当の狂気とは。
 夢に溺れて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。
 現実のみを追って夢を持たぬのも狂気だ。
 だが一番憎むべき狂気とは、
 あるがままの人生に折り合いをつけて、
 あるべき姿のために戦わないことだ。」


■公演日程
 2010年3月
  12日(金) 14:00/ 18:00
  13日(土) 14:00/ 18:00
  14日(日) 14:00
 ※受付・開場は開演30分前
 ※無料公演・全席自由席


■キャスト
 山縣幸典
 内田裕大
 水野由佳子
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 有吉宣人
 武井寛貴
 上田郁子


■スタッフ
 舞台監督:鴇澤勇貴
 照明:関根悟,尾形康介,町田果南実
 照明アドバイザー:田中雄一朗

 音響:佐藤大志,大川いず実,中村友哉,末永黎緒,鎮目那波
 衣装:水野由佳子,廣田英恵,藤原薫
 宣伝美術・映像:田中博巳

 大道具:武井寛貴,中村友哉,植田尚,園田亮輔
 小道具:尾形康介,梅木絢子
 演出助手:松本翔吾,藤榮愛香
 舞台監督補佐:藤原光基,中村友哉

 制作:有吉宣人
 制作補佐:廣田英恵,高橋俊成
 企画・製作:慶應高校・女子高校演劇部